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【back number】僕の腕をすり抜けた君と‘‘はなびら’’(前編)

桜の木
妄想

春が終わってしまった。
少し目を離した隙に、わたしたちから逃げるように、腕をすり抜けていった。
いつだって春は、目の前に現れくるくる舞ったかと思えば、スカートの裾をひらりと翻して足早に立ち去ってしまう。

まだ4月だというのに最高気温を25℃を超えて、夕暮れ時には初夏の気配を感じる今日この頃。

あれほど人々の目と心を奪っていた桜はあっけなく散り、面影の一つもない。人々の関心はサラリと他へ移ってしまって、朝晩関係なく、桜の満開時期について毎日のようにキャスターが口にしていたあの日々が夢のようだ。

こんな風にセンチメンタルになってしまった人には、【back number】の‘‘はなびら’’を勧めたい。今回は、桜の‘‘はなびら’’のように儚くて美しい人との一瞬の恋を妄想した。

桜のように美しい人との、一瞬の恋

それは、一瞬の恋だった。

桜のはなびらが風に吹かれて飛んでいくように消えてしまった彼女は、僕の記憶の中に香りだけを残した。

もしも、時間を巻き戻してもう1度君に出会うことができたなら。
もう1度、君と恋に落ちることができたなら。
今度は絶対に離さないのに。

 

ついこの間まで美しい桜を纏っていた木々は表情を一変させ、瑞々しい緑色の葉をつけている。ぼんやりと宙を見つめながら、記憶の彼方へと追いやられた彼女を想う。最後に2人で桜を見た時にはそのほとんどが散っていて、「またね」と手を振り合って以降、この街で彼女を見ることはなかった。

どうやら、人は声から忘れていくらしい。あれほど「忘れたくない」と毎日思い出していたのに、大学の授業やサークルの飲み会、日々の生活に気を取られて、ハッと顔を上げた時にはもう姿はなかった。断片的に、でも確実に輪郭が曖昧になっていく。彼女に対する僕の想いがその程度だったと気付き、ギリギリと痛む胸を右手で押さえた。

某有名スリーピースバンドが「耳をすませば 今でも君の声が聞こえる」と歌っていた。声をまだ覚えているということは、彼は好きだった人と離れてまだそれほど経っていないのだろうか、なんて下らないことを考えてみる。まあきっと、そういうことを感じて欲しいわけではないのだろうけれど。

 

今年も、当たり前のように春が来た。僕の思いに関係なく日々は淡々と過ぎ、何度だって季節は巡る。
もちろん、これからだって春は毎年訪れるだろうし、桜は日本中の人々の目と心を奪うのだろう。しかし‘‘この先何度だって訪れる春’’を彼女とは迎えられないだろうし、‘‘人々の目と心を奪う桜’’を隣で見ることはない。心のどこかにそういう確信めいたものがあって、それを見つけるたびに僕は嘆き悲しみ、地の底まで落ち込んだ。

君と出逢ったのは、忘れもしない3年前の春。

高校3年生になったその年は例年よりも暖かくて、「桜の開花がかなり早い」とキャスターが嬉しそうに言っていた。桜の開花なんて、僕にとっては取るに足らないことだ。桜が咲いて、散っていくだけ。春は出会いと別れの季節だなんて聞くけれど、正直どうでもよかった。それらに限らず起きることはただの‘‘事象’’であって、どう捉えるかは自分次第なのに、人は自分の力ではどうにもできない出会いや別れを勝手に悲しみ、勝手に落ち込む。

僕は今までもこれからも、ただ目の前に訪れるものを受け入れて、去っていく背中を見つめるだけだ。欲しくて欲しくてたまらないものやどうしても隣にいてほしい人に出会ったことはないし、これだけ多くのものが溢れている広い世界で生きているのだから、代わりなんていくらでもある。女子が騒ぎ立てる‘‘運命’’や‘‘奇跡’’なんてものは存在しないし、自分に都合の良い出来事をそう呼んでいるだけだ。

そう、思っていたはずだった。

 

4月に入ったばかり、春休み最後の日曜日。

普段から大音量で音楽を聴いている僕は、いつにも増して大きく音漏れさせながら、スーパーまでの1本道を歩いていた。心の中で小さく「自分で買いに行けよ」と母への愚痴を零す。あまりにも大きな音量で聴く僕を、母は心配していた。耳が悪くなってしまうのではないか、と。転んで泣いている小さい頃の僕を慰める時のような顔で言われても、放っておいてくれとしか思えなかった。新しく買ったばかりの白いスニーカーが眩しい。外の世界で積極的に聞きたい音なんてないし、音楽だけが唯一自分の味方だ。仮に何も聞こえなくなっても、大して後悔しないだろう。

 

トントン。

ふいに左肩を叩かれて、「母の次は何だ」と苛立ちを全面に出した顔で振り向く。

するとそこには、「あの」と口を動かす女の子が立っていた。

 

きっと、世界を外から見つめる誰かが一時停止ボタンを押したのだ。

 

彼女を捉えた途端に周りの音が聞こえなくなり、指先まで固まってしまった僕は1ミリも動けず、呼吸のひとつもできなかった。

肩にかかるほどの艶のある黒髪、くっきりと長い睫毛に縁どられたビー玉のような美しい瞳、なめらかな肌に、ほんのりと紅潮した頬と薄ピンク色の唇。風に乗って飛んできた桜のはなびらたちが、僕と彼女の間で舞う。まるで僕たちの出会いを祝福するかのように。

 

「これ、落としましたよ。」

鈴のように透き通った声が聞こえてきて、ハッと我に返る。ジャケットの袖から覗く白のフリルから伸びた右手には、僕の家の鍵が握られていた。

「ありがとうございます。」

声を振り絞ったものの、自分史上最小の声が出たことに驚き慌てて何度か咳き込むと、目の前の彼女がクスクスと笑った。その動きに合わせてサラサラと髪が揺れて、心臓が今までにないほど速く大きく動く。太陽の光を反射してキラリと光る瞳で僕を捉えて、「それでは」と言って微笑むと、くるりと回って歩き出した。

彼女の一連の動きがスローモーションとなって僕の頭の中で何度も再生される。ほんの3分ほどの出来事なのに映画を観ているようで、激しい動悸が一向に収まらない。内臓という内臓が身体から飛び出してしまいそうだ。受け取った鍵がやけに熱い。

桜の絨毯に良く映える赤いバレエシューズが遠のいていく。
‘‘運命の赤い糸’’という言葉が頭の中に浮かんで、僕はしばらくそこに立ちすくんでいた。

 

こんな風に出会えたら、‘‘はなびら’’を頭の中で流したい

毎年桜が咲くたびに、こんな出会いをしたいと思う。
地面に落ちたはなびらもぶわっと舞い上がるような強い風が吹いて、思わず目を細めたら目の前に美しい人が立っていて。彼の力強い、それでいて儚げな瞳に捉えられると動けなくなってしまって、‘‘はなびら’’の「抱き締めても~」と頭の中で流れる……なんて妄想が現実になってしまったら、それはそれで困ってしまう。わたしの人生、イージーモードではないはずなのに、と。

少しにやにやしながら朝の7時に書き上げたが、今年の春はもう終わってしまったのでこんな展開はナシ。来年に期待だ。後編もお楽しみに!

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている20歳。揺れるものと香水が好きで、小さな幸せを見つけることが得意。イケメンを見ると具合が悪くなるという特性があ...

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