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【back number】幸せはいつだって、‘‘日曜日’’から始まる

桜の花びら
妄想

 

【back number】というバンドを思い浮かべた時、あなたはどの歌を思い浮かべるだろうか。

お坊さんと英会話教師の恋愛を描いたドラマの主題歌「クリスマスソング」? それとも、結婚式直前に病に倒れ、意識不明となった新婦と8年間待ち続けた新郎の実話を描いた映画の主題歌「瞬き」?

彼らの歌はどれも素敵で、これが1番だなんて指を差すことはできないけれど、あたたかくて穏やかな春にピッタリなのは、きっとこの歌だ。今回は、愛と気づきを歌った、とある歌から妄想をしてみた。

これは、【back number】の‘‘日曜日’’から紡いだ、小さな愛のお話。

代えがたい幸せは‘‘日曜日’’にあった

「いまからコンビニ行ってくる」のノリで決めた同棲

「ねぇ、もうすぐお昼だよ~?」

ベランダから聞こえてくる、愛しい人の声。洗濯物を干しているのだろう。去年の暮れに買ったグレーのソファーからはみ出た右足の裏を、風が撫でる。少しくすぐったい。柔軟剤と春のやわらかいにおいが漂ってきて、また浅い睡魔に襲われる。ああ、このまま二度寝したら彼女に怒られてしまうな。

 

20歳を過ぎてからの時の流れは早いもので、彼女とは付き合って3年、同棲して1年になる。

「もー、何時だと思ってんのー!日曜くらい一緒にご飯食べようよ~」

薄く瞳を開けると、風に揺られる白いカーテンの間から彼女が見える。ベランダで陽射しを受けながら、僕のパンツをぱたぱたと伸ばしていた。目が合った途端に左の頬を膨らませると、「まったく、もう」と言いたげな表情でピンチハンガーに手を伸ばす。

「うわ~、かんっわいい……。俺のパンツ持ってる~……。かわいすぎない……?」

これまで飽きるほど見てきたはずなのに、春のおだやかな光を全身に浴びる姿がまるで女神のようで。胸の奥から愛おしさがドクドクと溢れ出て、僕はいつものようにふざけたフリで照れを隠した。

こちらをチラリと見て「何寝ぼけてるの」とわざとらしく溜息をついたのち、「……バカね」とクスクス笑う。最近染め直した髪の毛が陽の光を反射してキラキラと輝いている。顎に届く長い前髪が風にゆられて顔にかかり、左手で耳にかける。その一連の動作があまりにも美しくて、僕は息をのんだ。

 

彼女に頼まれたものを買いにスーパーへ向かいながら、1年前を思い返す。
その時は正直、同棲が上手くいくとは思っていなかった。

ちょうど1年前、とある日曜日の夕方にテレビをつけると、今を時めく女性アイドルたちが同棲について語り合っていた。彼女との結婚を見据えてそろそろ同棲するべきだろうか、と考えていたところで、買ってきたアイスを忘れて画面にくぎ付けになった。

「僕、同棲できないと思うんだよね」

そうつぶやくと、彼女はポカンとした顔をこちらに向けて、はっきりと言った。

「したことないのにできないと思うの? してみようよ、同棲」

思いがけない一言に僕は動揺を隠せない。そんな簡単に決めて良いことなのか? 同棲してしまったら、結婚するほかない。いや、彼女と結婚したくないとか、結婚を考えていないというわけではなくて。
彼女と僕は何もかもが正反対でよくぶつかるけれど、それでもここまで続いたのは、物理的な距離が僕たちの仲を取り持ってくれていたからだと勝手に思っている。物理的な距離があるという事実は、昂った感情を落ち着かせてくれるのだ。

一緒に住めば、何があっても同じ家のドアを開けることになるし、しばらく相手を見たくないと思っても顔を合わせる朝は来てしまう。……というのは建前で、僕は正直なところ、怖かったのだ。

 

彼女のように複数の家事を同時進行できないから迷惑をかけてしまうだろうし、愛想が悪いから引っ越し先の隣近所と仲良くなるには時間がかかる。仕事の休みが合うことは珍しいから寂しい思いをさせてしまうかもしれないし、彼女が「素敵」だと目を輝かせていた外車を買えるようになるにはかなりの時間を要するだろう。

同棲や結婚は本来しあわせなことだ。愛する人と共に過ごして、そこから生まれる小さな不自由や退屈をも愛せるようになって、すべて分かり合えなくても歩み寄って、お互いの欠けた部分を補完しながら生きる。

頭ではそう分かっていても、こんな風にネガティブにしか捉えられない僕を、彼女はどう思うだろうか。愛想を尽かして、出て行ってしまうのではないだろうか。

 

「いやそんな、ちょっと今からコンビニ行ってくるみたいなノリで……」

「そのくらいのノリじゃダメなの? 同棲をしたことがないからしてみた、結婚をしたことがないからどんなもんか知りたくて結婚した、やってみたいと思ったからやってみた。そのくらいでいいと思うけどなぁ。はじまりなんてそんなもんでしょ、何でも」

「でも……」

「何かを始めるとき、人に誇れる大きな理由がなきゃいけないって思いがちだけど、そんなことないよ。やってみたいって気持ちがあるだけで私は十分だと思う。思い切って飛び込んじゃえば、あとは未来の自分が何とかしてくれるだろうし。それに、あなたは2人の将来を1人で抱え込みすぎじゃない? 私に迷惑をかけるかもとか、寂しい思いをさせるかもとか思っているんでしょ? そんなのどんとこいって話よ。他人と生きることの不自由さを愛せるようになってからが人生は本番なんだから」

と胸を叩いて誇らしそうに言うと、少し溶けかかっているアイスを食べ始めた。

以前の僕といえば、「あんなことがしたい、こんなものが欲しい、ああなりたい、こう生きたい」と随分大それたことが口癖で、平凡な毎日に不平不満を連ねてばかりだった。不器用さを環境のせいにして、仕事の忙しさは会社や社会のせいにした。そんな僕を変えたのは、他の誰でもなく彼女だった。

同棲に踏み切れたのも、彼女のことばのおかげだ。

彼女は楽天家で「どうにかなるでしょ」が口癖だが、何も考えずのん気にそう言っているわけではなかった。いつでもその時の最善の選択をして、選んだ道を正解に導けるように一生懸命で。たとえ悪い結果になったとしても、自己否定はせず「やりかたが間違っていた」と素早く舵を切る。隣で楽しそうに生きる彼女を見て、いつしか僕もそうなりたいと願うようになった。

 

2人で暮らし始めて、彼女からいろんなことを教わった。

洗濯物の上手な畳み方や料理のコツ、掃除の順番。ほかにも、少ない休日でもラクして楽しめるスケジュールや、朝の準備時間を短縮するための衣類の仕舞いかたを一緒に考えてくれたり、道に咲く花の名前や、青空を埋め尽くす雲の名前を、まるで好きな歌を歌うように教えてくれた。

僕が上手くできなくても「次がある」と笑って背中を叩き、チャレンジが成功すると自分のことのように喜んでくれた。もちろん何度もぶつかったけれど、徐々に話し合えるようになった。
同棲を始めてから、至るところに彼女の笑顔があると、そしてそれに僕が何度も救われてきたことを知った。

 

「借りてきた映画は夕飯のあと観ようね」なんて言っておいてすぐ眠ってしまうところ、「行ってきます」と家を出たあとに毎回必ず忘れ物を取りに来るところ。俺が買ったアイスを食べながら「自分で買うよりも100倍美味しい!」とはしゃぐところ、誰もが惚れてしまうようなとびっきりの笑顔を知人Bにすぐ見せてしまうところ。辛い時にシャワーを全開にして大泣きしているところ、翌日腫れた目を擦って「おはよう」と笑うところ。

他人と暮らすことによる多少の不自由や窮屈さを、今となっては心地良いと感じる。

今僕は彼女の笑顔を守りたいと、これまでにないほどに強く思っている。

頼まれたアイスとお昼ご飯の入った袋を左手に持って、少し古びたドアを開けた。

 

「おかえり」

花がふわりと咲くように笑う、僕の彼女。
洗濯物を干し終わってベランダで日向ぼっこをしていたようだった。

こんな毎日が、この先何十年も続いてほしい。
こんな風に、この先何十年も笑っていてほしい。

卑屈になっていた僕をいつでも隣で励まし、称え、僕が自分を傷つけないように守ってくれていたのは彼女だ。

今度は、僕が彼女を守る番。たとえ世界を変えられなくても、有名になれなくても、彼女を守るために生きられたら僕は後悔しないだろう。

何か言いたげだと察したのか、彼女はこちらを向いて「ん?」と首を傾げる。

 

「あのさ、」

彼女の瞳が、キラリと光る。
洗濯物を放り出して抱き着いてくる姿が、見えた気がした。

 

不自由さを愛せるようになってからが本番

back numberの歌から想像する男性は、揃いに揃って頼りないし女々しいし、「あの時こうしていれば」と毎回後悔している。歌を聴いているわたしが「バカだなぁ」なんて呆れるほどに。

他人と生活を営むということは、きっとわたしが思っているよりも不自由で窮屈だろう。思い描いていた同棲・結婚とは違う、とイヤになってしまうかもしれない。それがこんな男性だったら尚のこと。

なんて書いておきながら、格好つけてもどこか頼りなさを感じてしまう男性を好きになってしまう筆者だって、大概だ。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

プロフィール

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