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俺は、彼女の何もかもを知らない。

彼女
妄想

幼馴染という距離感は、かなり特別だと思っている。

友情は片方が相手に恋心を抱いた途端に破綻するが、どうも幼馴染はそうでない気がするのだ。相手の恋心に気が付いても、知らないフリをして熱い友情を語ることを許されているような。それはもしかすると、長年の信頼の上にしか成り立たないのかもしれない。(が、単純に考えると知らないフリをされている側はたまったもんじゃないな……。)

今回は、幼馴染に抱いた恋心のお話。

俺は、彼女の何もかもを知らない。

見つめていたのは自分自身だった

「相合傘って、雨で濡れているほうが惚れているらしいよ」
「へぇ」

彼女はクスリとも笑わず、携帯を見ながら生返事をする。彼女の目には俺ではなく、1年前から好きだという先輩のSNSが映りこんでいた。また彼か。

「ここ数日ずっと雨予報じゃん。傘は?」
「あんたが入れてくれると思ったから持ってきてない」

時折肩がふれるけれど、彼女のそれからは温度を感じない。いつもそうだ。熱くなるのは、俺ばかり。雨が傘に入り切らない左肩めがけてぶつかってきていた。

 

小さい頃からの幼馴染である彼女が好きだ。
幼稚園の時に「ずっと守ってあげるから、わたしをお嫁さんにしなさい」と笑いかけてくれたことを今でも信じている。というよりは、信じたい、のかもしれない。

小さいながらに彼女を一生守ると心に決めてからは、勉強も運動も1番じゃなきゃ意味がないと思っていた。好きな人フィルターをかけずとも、彼女は地元で噂になるほど綺麗な顔立ちをしていたし、恋心を寄せる男が後を絶たなかったから。
しかし俺が成績トップを取ろうが、サッカー試合の大事な場面でゴールを決めようが、彼女の瞳も心も掴んで離さなかったのは俺以外の他の男たちだった。

 

「あのさ、いつも言ってるけど携帯見ながら歩くの危ないよ」
「今はあんたが隣にいるから危険じゃないでしょ。1人の時はさすがに歩きスマホしないよ」

どうだか、と悪態の1つでもつきたいところだが、非難したいわけではない。むしろ感謝したいくらいだ。たとえば勢い良く走る車が水しぶきを飛ばして来たらすべて受け止めるし、車が突っ込んできたとしても俺が全力で守る。彼女はもしかすると俺を都合の良い男だと思っているのかもしれないが、それでもよかった。役割が‘‘壁’’でもいい、ただ隣にいたかった。

でも、危険が遠くから急に突っ込んでくるとは限らない。今は夜だし、雨で視界は悪いし、隣を歩く‘‘壁’’は男だ。小さい頃から好きだった女の子が隣にいて、その子が無防備な姿を見せているこの状況で、我慢しろという方が無理な話。俺だって好きな子と両想いになりたいし、キスだってしたい。正直俺にだけ笑いかけてほしいし、やわらかい彼女の香りをいつだって胸いっぱい吸い込みたい。

 

今だってしようと思えばキスの1つくらいできるのにそうしないのは、彼女に好きな人がいるからではなく、幼馴染という関係を壊すかもしれないから。彼女の動きに合わせて揺れる小さな白い手を取れないのは、もう2度と隣を歩けないかもしれないという不安に駆られるから。

雨だけど俺の傘があるから持っていかなくていいや、と考える気まぐれな彼女のことだから、俺の告白に「いいよ。とりあえず1週間。楽しかったら延長」なんて笑って、晴れて恋人同士になれるのかもしれない。その可能性だって、0.1%くらいはあるだろう。「先輩に脈があるとわかるまででいいから」と言って、今よりも物理的に近い距離で彼女を感じることもできたはずだ。

でも俺は、この道を選んだ。たった2文字の「好き」を何年も胸の奥底に閉まっているのは、怖いからだ。日常から彼女がいなくなることが、彼女の日常から俺がいなくなることが、たまらなく怖いからだ。

雨に濡れた桜の絨毯を踏みしめながら思う。何度こんな風に春を乗り越えてきたことだろう。

 

季節外れの雨は一晩止むことなく、学校の玄関先にはぬるりとした空気が満ちていた。まだ春が来たばかりだというのに、そう遠くない日まで迫る夏に嫌気が差す。桜は堪能する間もなく散り、雨と人々の靴裏によって踏みつぶされてしまったが、たとえ晴れていて桜が満開だったとしても到底楽しめる気分ではなかった。
彼女が昨日の別れ際「先輩に告白する」と呟き、俺の返事も聞かぬまま家の中に入ったからだ。

ふと頭に浮かんだ(まだ雨降ってるなー、あいつ傘持ってきてるのかな?)という言葉を(いやいや、先輩と仲良く相合傘して帰ってるかもしれないし)なんて根拠のない考えで打ち消す。
俺が傘を差して1人寂しく歩いていたら幼馴染の家の前に大きな傘が1つ。そこで熱いキスを交わしていて……というのがお決まりだ。……あいつから「女心を勉強しろ」と押し付けられた少女漫画の読みすぎだろうか?

 

傘を広げようとしていると、ドアの前で立ちすくんでいる女の子が目に入った。見覚えのあるヘアスタイルに、服の上からでもわかる華奢な身体、最近新調したと自慢してきた鞄。 間違いない、俺の幼馴染だ。

「雨だね」

それまで宙を見つめていた彼女は俺に気づき、クスリと笑う。どことなく悲しそうなのは傘を忘れたからではない、と直感した。

やわらかそうな黒髪が風にゆれて、なにかを愛でる時のようなやさしい瞳でこちらをジッと見つめている。少し赤くなった下まぶたと、今日はカサついているように見える薄い唇。シトシトと降り注ぐ雨、頬に張り付くぬるい空気。
まるで、自分の周りにビニールのような薄い膜ができていくみたいに、少しずつ音が遠くなっていく。呼吸器官が完全に動きを止め、どうしても彼女から目を離せない。

うつくしい。

先輩にフラれたことは一目瞭然だし不謹慎だ。けれど、想像するフラれた直後の姿とは真逆の彼女を目の当たりにして、そう感じてしまった。そんなわけないのに、これまで何年も隣を歩いて、くだらないことで笑って、辛い時には一緒に泣いてきたのに、この瞬間はじめて彼女の顔を真正面から見た気がした。

好きな人にフラれた直後、まるで何か愛おしいものを見つめる時のようなやさしい瞳で、そんな風に笑えるようになるためには、一体どんな人生を生きてきたのだろう。

振り返ってみても、小学校でいじめを受けていた彼女を守る俺、中学校の玄関先でラブレターを受け取る彼女を待つ俺、高校で陰湿な嫌がらせを何度されても「まただよ~」と笑う彼女を励ます俺。俺、俺俺俺……。
頭の隅から過去の記憶を引っ張り出して端から端まで目を通してはみたが、映っているのは彼女の隣を歩く俺だった。

はじめて自分自身の恋心に気が付いてからずっと、それに気を取られてばかりだったのだ。
その間にも彼女は周りの景色をしっかりと目に焼き付けて、傷つき怯えながらも前に進んできたのではないだろうか。俺は、彼女を守っているようで見てすらもいなかったのではないか。

 

突然風が吹いて、黒髪がまたゆれる。細めた瞳が少し長い前髪の隙間で、また俺を捉えた。

約20年、彼女と同じ景色を見ていると錯覚しながら、彼女に対しての恋心に夢中になってばかりで、じつは彼女の何もかもを知らないのかもしれなかった。

 

人生を変え得る、‘‘うつくしい’’体験がしたい

真夜中にこの記事を書きながら、「あ~わかるわかる、若い男子にあるある~!」と自分で相槌を打ってしまった。好きな子を好きな自分が好き、みたいな。結局相手のことは見えていなくて、どこまでいっても目に入るのは自分の一挙一動。自分を見つめること自体は良いことなんだけどなあ。

しかし、こうして‘‘うつくしい’’と感じる瞬間に立ち会い、自分の中の細胞が入れ替わるような体験をするとしないとでは、その先の人生が変わってくるだろう。どちらが良くてどちらが悪いと決めつける気はない。それに、うつくしさは感じようと思って感じられるものではない。

最後まで読んでくれたあなたにも、手先足先が痺れるような、体温がグングン下がって身体が取り残されるような、あるいは胸の奥が焼けるように熱くなって今すぐ走り出したくなるような、‘‘うつくしい’’と感じた体験はあるだろうか。

 

 

画像元:http://girlydrop.com/

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

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