ゆるやかに加速する彼女の想い

加速する思い
妄想

このあいだ、新宿の居酒屋で友人と待ち合わせをした。
彼がもうすぐ24歳になるので、誕生日プレゼントを渡そうと思ったのだ。1杯目のビールを飲み終わった直後に「ごめん、1時間遅れる」とのメッセージがiPhoneの画面上に浮かびあがり、「またか」と小さく溜息をつく。

待たされる人生だ。

TwitterやInstagramを見ていると、大学に通っている同級生たちはそろそろ就活か、と気が付いて、時の流れの速さに小さな笑いがこみ上げそうだった。もし大学に通っていたら、どんな学生生活を送っただろう。勉強は、バイトは、恋愛は。iPhoneの画面に映る同級生たちの笑顔を見て、なんだかホッとした。

2杯目のビールがテーブルに届くと、席を1つ挟んで隣に座る大学生くらいの男性の口から、こんな言葉が聞こえてきた。

 

「俺、彼女いたんだけどさ。そのことをバイト先の女の子に話したら、そんなに驚く? ってくらいビックリしてて。もしかしたら俺のこと男性として見てるのかなって思えてきて、女性として意識し始めたんだよ。」

 

若い男性6人が来店し、一気に騒がしくなる。彼が、そのあとどんな話をしているのかまったく聞き取れない。彼の前で熱心に聞く女性は、どうやら友人らしい。

彼女がいる男性と、その事実に驚くバイト先の女の子。
わたしは暇つぶしがてら、そのふたりについて妄想することにした。

ゆるやかに加速する電車と、わたしの想い

「俺の彼女、その店のパフェが美味かったって言ってましたよ。」

わたしの右耳がピクリと反応する。少し騒がしいキッチンでも良く通る声の持ち主といったら、彼しかいない。店長の「彼女の話はいいから早くレジ締めして」という言葉にヘラッと笑うと、そそくさとレジの方へ向かった。

 

洗っていた食器を置き、泡のついたスポンジをシンクに小さく投げ付ける。

彼女がいるなんて、初耳だ。もう半年も一緒にバイトしているのに。火曜・木曜・土曜のシフトが被っていて、同じ京王線沿いに住んでいることを理由にふたりきりで帰っていたのに。新宿から乗って彼の最寄り駅は明大前、わたしは上北沢。お店を早く閉められたときには、上北沢まで送ってくれたのに。それなのに、彼女がいるって?

徐々に眉間に皺が寄り、手に力が入る。

彼女? あれ? 待てよ、彼女ってなんだっけ。彼の女。そうか、彼の女で、彼女。……って、違う違う、そんなことを考えたいんじゃない! 彼女がいるなんて聞いてない! ……え、本当にいるの? いや、彼はウソをつけない人間だし……。ん? じゃあなんで今まで言わなかったんだろう。とはいっても、わたしも訊かなかったしなー……完全に盲点だった、まさか彼女がいるなんて。いや、彼女がいなさそうだなんて失礼なことは思っていないけれど。でも、360°どこから見ても「彼女います風」じゃないじゃん。特別カッコイイわけではないし、ヒョロヒョロしててか弱そうだし、身長もそれほど大きくない。話が上手なわけではないし、恋愛の話を自分から切り出すこともない。ヘラッとしている彼を見ているとイラつくし、現に今だってイラついてる。

 

頭の中で大会議を開きながらも淡々と仕事をこなし、濡れた手をハンカチで拭いていると彼が現れた。

「お疲れっ! 帰ろー……って、なんか機嫌悪い?」

キョトンとした顔にまたイラっとする。チッ。あなたのせいよ。ああ今日もなんだか冴えないなあ。もっとシャキッとしなさいよ。伸びた前髪で綺麗な目がほとんど見えていないし、猫背のせいで人当りの良さそうな顔が暗く見えるわよ。

 

「ううん、そんなことないよ。ちょっと待ってね、わたしも着替えてくる!」

わたしの心の中にいる良い子キャラがぐずっていたが引っ張り出し、いつも通りの笑顔で対応すると、彼はホッとした顔で「おっけ」と言った。

良い子を演じてしまうのは小さい頃からの癖だ。聞き分けの良い子供は大人から可愛がられるし、社会で生き抜くために必要な術だと思っている。イライラしていても顔にはほどんど出ないのに、彼だけはなぜかそれに気が付き、声をかけてくれる。そういうところが……いや、わたし今何を考えようとした?

だいたい、何よ今さら。彼女って何よ、彼女って。俺の彼女がパフェを食べたって? それが美味しかったって? どんな顔であなたにそう言ったのよ。もしかしてあなたの目の前でパフェを食べたの? 生クリームを口の端にわざとつけて、「もー、ついてるぞ」ってあなたが気づくのを待って、「取って」って笑ったの? ……あーもう、想像していたら頭の奥が痛くなってきた。

っていうか、わたしはどうしてこんなにイライラしているんだろう。好きだなんて1ミリも思ったことないのに。そもそもタイプとはかけ離れている。わたしの身長が158だから、せめて178は欲しい。ヒールを履いても良い感じの身長差がないとイヤ。身体は細マッチョで、顔は福士蒼汰くんみたいに爽やかな人が好き。笑顔が可愛くて家族思いで、とてつもなく優しい人。……逆立ちしてみても、理想とは真逆なのに。

 

「ごめんね、お待たせ。」

待たせると悪いと思って急いだせいで、息が上がる。彼はわたしを見て「あはは、急がなくても」と声を出して笑うと、少しの間沈黙してふわりと微笑み、「お先失礼しますー」と店長に言ってドアを開けた。

賑やかな新宿の大通りを、ふたり肩を並べて歩く。なんだったんだ、さっきの微笑みは。身長は大差ないが、普段彼は割と大き目の歩幅で、しかもかなり速いスピードで歩く。でもわたしと歩くときは必ず、わたしの歩幅とスピードに合わせてくれる。それがいつも嬉しくて、iPhoneを見つめるフリをして上がる口角を隠していた。

けれど今日は違う。彼には彼女がいる。その事実を知ってしまったからには、黙っているわけにはいかない。

 

「彼女がいるって本当なの?」

彼の最寄り駅が近づいたら訊こうか、それともわたしの最寄り駅まで送ってくれることになったら訊こうか、と少しの間悩んだが、あまり先延ばしにすると緊張してしまいそうなので、まったく気にしていないふうで、なんともないような口調で、サラリと訊いた。

「うん。」

彼はわたしの顔を見ずに、ピッと当てたICカードをポケットに仕舞い、まったくなんともないような声でそう言った。

「え……あの、本当なの?」
「うん。」
「冗談とか……?」
「じゃないよ。」
「……今日って何日だっけ?」

なんともない顔で返事をする彼の隣に立ち、なんともない様子を装ってわたしは訊く。クスクスと笑いながら「エイプリルフールはもう終わったでしょ」と言い、わたしは「エイプリルフールについた嘘は1年間実現しないんだってね」と呟いた。

彼女がいる、と先ほど彼の口から聞いたはずなのになぜだか夢のようで、何度も聞き返してしまった自分に驚く。ホームに滑り込んできた電車に乗り込むと、ドアを挟んで向かい合わせに立ち、どこからかやってきてどこかへ帰っていく人々の背中を見つめた。

今までだったら下らない話をして笑い合って、「まだ終電あるし、上北沢まで送るよ」と言ってくれるのを待って、言ってくれたら嬉しい気持ちを隠して「夜道は危ないよ」なんて返していたのに。

どうしてしまったのだろう。今日は、向かいに立つ彼を真正面から見られない。目頭が少し熱くなってきて、嘘でしょ、と下唇を噛む。鳴り響くベルにハッとして、ひとつ小さな溜息をついた。

ゆるやかに動き出し、どんどん加速する電車に揺られ、窓越しに彼の顔を見つめることしかできなかった。

彼が‘‘女性として意識し始めた’’あと、実際にどうなったのかはわからない。

「俺、彼女いたんだけどさ」と過去形だったからもう別れているのかもしれないし、もしかすると今はバイト先の女の子にアプローチ中なのかもしれないし、ひょっとすると既に付き合い始めているのかもしれない。逆に、自分に好意のある女の子と向き合ううちに、「やっぱり彼女が好きだ」と再確認したかもしれない。

話し込んでスッキリした顔で店を出る彼の背中を見つめながら、わたしを1時間待たせる友人に「了解、気を付けて来てね」と返信した。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

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