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綺麗な弧をえがく唇で、「花火も好き」と言って

花火大会の浴衣
妄想

僕にとっての天使は君だけ

♪ 水色にはなびらの浴衣が この世で一番 似合うのはたぶん君だと思う よく誘えた 泣きそうだ

闇をまとった遠くの家々に明かりがともりはじめた。早く着きすぎてしまったせいで、この歌をもう3度もリピートしている。背中を汗が伝い、寄りかかった白のガードレールが小さくゆれた。

しっかりしてくれよ。今の僕は、世界中の誰よりも地に足がついていない。歌でも聴いていないと気がどうにかなってしまいそうだし、どくどくと波打つ鼓動のせいでどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。身体も、意識も。

 

彼女とはじめて出会った瞬間を、今でも鮮明に思い出せる。高校に入学して1週間が経ったころ、廊下の向かいから歩いてくる天使がいた。なんて言うと誰しも笑う。「天使って、トップアイドルや有名女優に使う表現だろ」と。

でも、僕にとっては天使なのだ。どれほどの人がいてもすぐに見つけられるし、いつだって光り輝いて見える。周りから見たら‘‘普通の子’’でも僕にとっては特別で、この子しかいない。

あの白い肌に触れたいし、余すことなく隅々まで知りたい。なにに喜び嫌がるのか、なにが好きで嫌いなのか、すべてを知りたい。周りに笑われるたびに「それが恋ってもんだろ」となぜか怒り出したくなったし、(これが恋なのか)と熱いため息がこぼれた。

 

ブクブクと沸騰しそうな頭を横に振り、イヤフォンのコードをiPhoneに巻く。大事な待ち合わせ中に、音楽を聴く男がどこにいるんだ。ああ、やっぱり髪を切るべきだったかな。伸びかけの長い前髪が邪魔で、彼女をこの目に焼きつけられないじゃないか。

カラカラカラ。

耳の奥が人々の声で溢れかえっていたのに、乾いた音がスッと割って入ってきた途端、遠くに追いやられてしまう。目の前で止まったその音に、2度唾をのんだ。おろしたてのサンダルから顔を上げると、彼女が鈴のような声を発した。

「ごめん、待った?」

コンクリートに蓄積された熱で足裏がジリジリと焼かれていき、「ううん、今来たとこ」と出た声は思いのほか掠れている。どうやら、熱が喉元まで到達したらしい。もう1度、唾をのむ。闇の中でも彼女は、はじめて会った時のように煌々と光っていた。

彼女といると、夏がもっと暑くなる

まさか、ふたりきりで花火大会に来れるなんて。提灯のぼんやりとした明かりに照らされた彼女の横顔が、なんだか遠く見える。

クールで無口。周りの男たちは口を揃えてそう言った。この1年半、彼女が大口を開けて笑う姿やはしゃいだ様子を見たこともなければ、僕の猛アピールに対する手応えもない。でも、黒々とした長い前髪をセンターで分け、有無を言わせない鋭い視線と対照的な鈴のような声に、虜になってしまったのだ。

キッチリと8:2に分けられた今日の前髪も、そこからのぞく白い額や切れ長の瞳もこんなに暑いのに涼しげで、僕の身体は熱を帯びていく。「人多いね」「ね、多いね」と、彼女の言葉をただ繰り返すことしかできない自分が憎い。

 

赤や青、緑に光る屋台が、見えないほど先まで続いている。彼女とどこまで歩けるのだろう。浴衣姿の男女たちが腕を組みながら、僕たちを置いてグングンと進んでいく。あと数時間もすれば別々の家に帰るのか。今この瞬間ではなく、いつかの‘‘終わり’’にばかり気を取られてしまうのは、悪い癖だ。

くん、っと服が引っ張られた気がして振り返ると、彼女は両目をきらきらと輝かせ、わたがし機を指差した。

卑怯だ。

「わたがし、好きなんだよね」

ふふっと笑いながら、屋台の前についた提灯の明かりを頼りに小銭を探す。伏せた睫毛がいつもより微かに長く、瞼がきらきらと光っている。モテる男の子なら彼女の顔をのぞきこみ、「今日、いつも以上に可愛い」なんて囁くのだろう。そんなことができればこんなに苦労はしていない。

横でわたがしに夢中になっている彼女は嬉々としてかぶりつき、「あっま」と言いながらこちらを見て笑った。うなじのあたりがじわじわと熱くなっていく。彼女といると、夏がもっと暑くなる。こんなの好きにならないわけないだろう。隣にいるのが僕で良かった。

「たべる?」

すぐそばでゆれる右手を、どう掴めばいい? 想いがあふれたらどうやって、どんなきっかけタイミングで手を繋いだらいい? 誰か教えてくれよ。世界中の男たちは、好きな女の子の手を取りたくなった時、どんな顔をして、どのくらいの速さで握るんだよ。

普段見ることのない笑顔が、僕の視界のなかだけで花のように咲いていた。

頼むから教えてくれ、目の前にいる彼女を手に入れる方法を。

「好きだよ、花火も」

わたがしとたこやきを食べ金魚すくいをし、ケラケラ笑う彼女を横目にヨーヨーを掬い、終いにはかき氷を買った。どうなることかと心配だったが思いのほか彼女は楽しんでいて、今も左隣でポンポンとヨーヨーを跳ねさせながら、ストローでかき氷を吸っている。

男友達に教えてもらった穴場の赤い橋に着くと、打ち上げ花火の開始時刻まであと5分。ひぐらしの鳴き声のなかに、氷をかき混ぜる音が小さく広がる。

「まさか、誘いに乗ってくれると思ってなかった。どうして来てくれたの?」

沈黙に耐え切れず、ほとんど息を吐きだすみたいに呟く。……ああ、やっぱり聞くんじゃなかったな。自ら地雷を踏みに行ってどうするんだ。彼女は別に‘‘誘いに乗った’’わけじゃないだろ。暇だから来たとか、暇つぶしに来たとか、そういう、そういうことだろう。

視線を下げながら左に顔を向けると、彼女は視線をあちらこちらにゆらした。ヨーヨーの輪ゴムを左手首にかけ、僅かに残ったかき氷をストローでシャコシャコと混ぜ、しばらくしてまるで何かを心に決めたような顔で「花火、好き?」と囁く。

「うん、好き」

こういうの、正直いうとやめてほしい。花火の話なのに僕だけがドキドキして、僕だけが手汗かいて。まるで告白しているみたいじゃないか。欲望を体外に出そうと息を吐き、「花火好きじゃなかったの?」と訊こうとしたときだった。

「私も好きだよ、花火も」

瞬間、ドンと胸を打つような音が辺りに響き渡った。こちらをのぞきこむような彼女の瞳には、小さな花火が映っている。綺麗な弧を描く口元から、いつまでも目を離せなかった。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている20歳。揺れるものと香水が好きで、小さな幸せを見つけることが得意。イケメンを見ると具合が悪くなるという特性があ...

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