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平成最後の夏についた、「優しい嘘」と「愛しい溜息」

平成最後の日
妄想

「じゃあまた学校で♩花火大会、お互い楽しもうね。」

身体がヒリヒリと痛む。日焼け止めを全身にしっかりと塗ったはずなのに、汗で全て洗い流されてしまったみたいだ。…いや、違う。この痛みは焼けた脚でも腕でもない。もっと、体の真ん中の内側のあたり。私としたことが完全に誤算だった。まさか、心にこんな大きくて深い火傷を負うなんて…。塗り薬は、未だに見つかっていない。

あれは、2年前の夏。気温は35度を超え、天気を伝えるお姉さんがテレビ越しで「猛暑日になるので水分補給をしっかりして体調管理には気をつけてくださいね」と涼しげな顔をつくりながら話していた。そんな忠告を右から左へ聞き流し、クリーニングからおろしたての夏用の制服を身に纏い、一目惚れして買ったシュシュで髪を結い家を飛び出す。

肩にかけたスクールバックの中で、今朝届いたばかりの新しい水着がいい感じに夏を演出してくれる。外気に晒され汗ばむ肌に容赦なく降り注ぐ太陽の光。そんな炎天下の中、日傘をさすのを忘れるほど、イヤホンから流れるミスチルの「HANABI」が心を昂ぶらせた。

一番線のホームに止まっていた特急電車に乗り込む。肌にまとわりついていた汗が、強すぎる冷房によって少しずつひいていく。ふうっと息をつき車内を見渡すと、いつもの場所に彼の姿がちらりと顔を覗かせていた。人の間をくぐり抜け、辿り着いたのは彼の立っている優先席の目の前。

いつもこの場所にいるから、少し前に「なんでいつもここなの?」って聞いたことがあった。彼は「えっ?」て顔をした後、少し照れ臭そうに「お年寄りが電車に乗って来た時、優先席に座ってる若者に席を譲らせるように促すためだよ」と話してくれた。「俺、おばあちゃんっ子だったから黙って見過ごせなくてさ。お節介だろ。笑」なんて言いながら、幼い頃を懐かしむように微笑んだ彼の表情はどこか曇っていた気がした。

近づいて来た私に気づいた彼は「おはよう。今日も暑いな。」と真っ黒でサラサラな髪を左耳にかける。首に一筋の汗が伝うのが見えた。「汗、すごいよ。笑」と言って手渡したハンカチ。「さんきゅ」と言って受け取った彼の腕は、少し日に焼け血管が浮き出るほどゴツゴツしていて思わず見入ってしまった。

ただ、それだけの出来事だったのに。やけに彼が色っぽく見えたのは、きっと夏の暑さのせいだ。

「もうすっかり夏だな。」窓の外を眺めながら彼がそっと呟く。「今年の夏も4人で花火大会行けたらいいいね。」私と彼とあと2人を加えた4人は、いわゆる幼馴染で小学一年生の頃からずっと一緒にいた。喧嘩もしたけれど10年間、毎年4人一緒に花火を見ていた。

「そういえば先週、かなえ(叶恵)に誘われたなあ。」
『叶恵』は幼馴染の1人で一見サバサバしているのに、私のことになると真剣に相談に乗ってくれたり応援してくれたりするいいお姉さんのような存在。

「叶ちゃんから誘うなんて珍しいね。しんぺー(晋平)も誘う?」
『晋平』も幼馴染の1人。人懐っこくて少年のようにまっすぐで純粋な心の持ち主。いじられキャラだけどいざという時は頼りになる弟のような存在だ。

そして横にいる彼、『和人』はいつも一歩引いた場所から3人を温かく見守ってくれ、喧嘩してぐちゃぐちゃに絡まってしまった糸を優しく解いてくれる兄のような存在だった。

私たち4人は、家族以上に家族みたいな関係で成り立っていた。

「ああ、それがさ…。」
眉をたれ下げ困ったように見下ろす表情は、どことなく昨夜見たテレビの俳優に似ていて不安がよぎった。

「どうしたの?」
口を紡ぎ、黙ってしまった和人。性格や今までの経験上、晋平とケンカするような事はまず無い。晋平が怒っても子供をあやすように丸く収めるのが日常だったからだ。

…となると叶恵との間になにかあったのだろうか。ふたりがケンカすることなんて滅多に見たことなんてなかったし、するとしたら私のことで意見が別れたときくらいだと思っていた。

「誘われ、たんだ…。かなえに。」
彼はゆっくりと口を開く。

「うん、だから今年も4人でどこかに待ち合わせていこう。」
昂ぶる気持ちを抑えきれずに、口を挟む。

「2人で行こうって…」
「え?」
「花火、2人で見たいって。言われた。」
「叶ちゃんに?」
「…うん」

心臓がさっきまでとは違う高鳴りをはじめた。夏のジメジメした空気が電車の開いた扉から入り込んで、嫌な気分にさせてくる。

「行くの?ふたりで。」
絞り出した声は、わずかに震えていた。

「うん。昨日の夜、返事した。」
彼は再び窓の外を眺めながら、応えた。

この先もずっと永遠に当たり前だと思っていたものが崩れていく音がした。いつかこうなることがあることも、誰かに好きな人や恋人が出来て4人で花火大会に行けなくなることもわかっていたはずなのに。思っていたよりもその現実は早く、そして唐突に訪れるものなんだと知った。

「そっかあ。叶ちゃん、かずくんとふたりで花火見たかったんだね。全然気づかなかったや…」
心の中にモヤモヤした何かが生まれ渦を巻く。

「俺もびっくりした。だけどなんか思い詰めたような顔してたし、ふたりには言いづらい話もあるって言われた。もしかしたら誰にも話せない悩みとかあるのかもしれない。聞いてあげたいんだ。」

『私と晋平にはできない話』。
きっとそれは、『和人に伝えたい想い』。

「まったく、どこまで面倒見いいのよ(笑) わかった、大丈夫。私はしんぺーと2人でいつもの場所で見るよ♩」
わざとらしく明るく答える。うまく笑えているかはわからない。

「ありがとな。見終わったら合流して4人で飲みいくぞ。あそこ、穴場でいいよなあ…。2人ってどこで見ればいいのかわかんねえっ(笑)」
私の返事に安心したのか、ふにゃっと笑って話題を盛り上げようとする彼。

早くこの場から逃げたい。一刻も早く、立ち去りたい。

「あ、やばい。今日提出しなきゃいけない紙を家のテーブルに忘れてきちゃった!」
そんな用紙なんてない。でもこれが一番得策だった。

「えー、どうすんの?笑 学校もうすぐだぞ」
高校の最寄り駅まであと二駅。今日は大好きな水泳の授業があった。

「うーん、ごめん!次で降りて家やら取ってから行くね!午後の授業から出る!」
そう言った瞬間、一つ手前の駅に電車が止まった。

「じゃあまた学校で♩花火大会、お互い楽しもうね」
「あ、おい…!」

彼の引き止めようとした手をするりとかわして、電車を降りる。ホームで彼を乗せる電車を眺めながら溢れ出す涙を手で拭った。ぐしゃぐしゃになった顔を周りに見られるのが嫌で、結っていた髪を解き声を殺して泣いた。

2人が付き合ったわけでも、もう4人で会えなくなるわけでもないはずなのに。涙が止まらない。永遠なんてないことを知った夏。自分の気持ちより大切な人たちを想ってついた「優しい嘘」。いつかくると分かっていた終わりを感じてついた「愛(かな)しい溜息」。

高校二年生、平成最後の夏はまだはじまったばかり。

ゆるみな。

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22歳。フリーランスのビアクリエイター/ライター・編集/グラビアアイドル。言葉とビールと料理とバスケと猫が好きです。生まれ故郷の秋田のフルーツでビールを造っ...

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