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花火大会で告白を成功させる為には「帰り際にそっと耳元で」

花火大会
妄想

早すぎる梅雨明けに、肌を刺すような陽射し。背中を伝う汗と、気になる彼の火照った横顔。平成最後の、夏がきた。

今年の夏は何をしよう。平成最後といったって、今年の夏は、今この瞬間は、もう2度とやってこない。

帰りみちの夕暮れ、あたりに響き渡るひぐらしの鳴き声。プールに海、屋台にかき氷。線香花火や金魚すくい。楽しいイベントはそこらじゅうに散らばっている。

そうだ、今年こそは好きな彼と花火大会へ行こう。大きな音とともに照らされた横顔にドキドキしたい。誘いかたは、たとえばこんなふうに。

‘‘花火大会’’に誘うなら、帰り際がチャンス

マイナスイオンを放つ男も汗はかく

♪うるさいほどに高鳴る胸が 柄にもなく竦む足が今~

iPhoneを右手に持ち、純正イヤフォンのコードを左手の指先でくるくるとねじった。最近まで放送していたドラマの主題歌を聴くたびに思い出す男がいる。ゆるりとカールした黒髪に、全体的に薄い顔、ゆったりとした口調。たぶん、マイナスイオンを放っている。

あまりにも早く梅雨が明け、2018年も下半期に突入した最初の日曜日。彼がInstagramのストーリーから「今日、時間ある?」とダイレクトメールを飛ばしてきたので、たまたま渋谷で買い物をしていたわたしはふたつ返事をした。

ベタベタと肌に張りつく暑苦しい空気を振り切るように、人々は目的地へと急ぐ。あまりの熱気と強い西日に‘‘JRハチ公改札’’という表示が霞み、目を細めたとき。人々の間を縫って、彼は現れた。

「ごめん、待った?」

両手を合わせて顔の前に出すしぐさが懐かしい。眉を寄せてはよくそんなふうに謝り、わたしは幾度もゆるしてきた。右耳に髪をかけるスタイルは健在で、汗がちいさくキラリとひかる。マイナスイオンを放つ男だって、汗はかくようだ。

「5分くらいね」

「うわー、ごめん。暑いし早く行こ」

言い終わるまえに、くるりと回れ右をする。スクランブル交差点に漂う人の波をうまく避け、わたしがついてきているか時おり確認しながら、道玄坂を上っていった。

そんな顔をする男じゃなかったはずだ

「キャラメルラテと、カフェラテください。どっちもアイスで」

「かしこまりました」と店員が下がると、バッグから取りだした青色のハンカチを額に当て、「久しぶりだね。元気?」と笑う。わたしの感情を探すように、すこしだけ顎を引いた上目遣いで。それはたぶん彼の癖で、高校時代は勘違いする女が頻出した。

最後に会ったのは、今年3月の卒業式。彼とは高校3年間、奇跡的に同じクラスだった。とはいえ、最初の印象はまるでない。高校2年の文化祭までは好きな先輩がいたからだ。後夜祭前に撃沈したわたしを見かけた彼は、アハハと笑いながら隣にいてくれた。

「それなりに。大学もわりと楽しいし。インスタ見てるけど、そっちも楽しそうだね」

彼は2秒ほどかけてゆっくりとまばたきをし視線を下げると、「うん、まあまあかな」と薄い唇から零す。ほんの一瞬、彼を遠くに感じてしまって、テーブルの木目を人差し指でなぞった。どうしてそんな顔をするの。

すぐそばにある窓から差し込むひかりが、彼の顔を、組まれた指を照らしている。きめ細やかな肌に、まぶしすぎる白いTシャツ。照らされた左顔はどこか安心しているようにも見えるけれど、右顔には濃い影をつくっている。落とされた視線を飾る睫毛は異様なほど長くて、あれ、こんなに美しかったかしらと思う。ここはなんだか、酸素が薄い。

「お待たせいたしました」の声とともに運ばれてきたドリンクのカップは、既に汗をかいていた。ふたりで「甘い」とか「甘くない」とかまったく中身のないコメントを投げ合っているうちに、高校時代のような温度感を取り戻した。

先ほどのどこか寂しげな表情は気のせいだったのかもしれない。彼はユーモアたっぷりに、大学の教授や一人暮らしについて話してくれた。わたしが口を出すたびに彼はやわらかく微笑み、そのたびにわたしの指先は燃えるように熱くなる。

そんな顔をする男じゃなかったはずだ。少なくとも、わたしが見てきた彼はそんな男じゃない。「なんか用があって呼び出したのか」と訊けば歯切れの悪い答えしか返ってこないし、かと思えばこちらがドギマギしてしまうほどやさしい瞳で見つめてくる。

高校時代、唯一無二の友人だった。フラれたあとも延々と引きずるわたしを、外へ連れ出してくれた。一緒に受験も乗り越えてきた。わたしたちは友人。友人なのだ。

「夏が来るね」
彼は窓の外をのぞきこんだのち、こちらに向かってふわりと笑う。ああ、もっとちゃんと、化粧をしてくるべきだったな。

帰り際、耳元で囁いて

それにしても暑いね、夏だね、7月初めなのに35℃ってすごいよね、と話していると、目の前で信号が赤に変わった。日曜夕方のほの暗いスクランブル交差点は、思いのほか混んでいる。このまましばらくは赤がいい。すると左側にいた彼がパッと顔をこちらに向け、言い放った。

「夏といえば花火大会だね。観に行こうよ」

喉がきゅ、と閉まる。彼はなんでもないことのように「どこの花火大会がいいかな」と笑った。友達に向けるような口調で。俺はただ花火が観たいんだ、みたいな顔で。なんにも期待していないみたいな笑いかたで。そう、なんでもないことのように。

「モテるんだから、わたしじゃなくたっていいんじゃない」

精一杯だった。はいともいいえとも答えられなかった。背中が冷たくなり、視界は暗さを増していく。生温い風と喧騒が今はただ心地いい。なんでこんな答えかたしかできないのだろう。両手に力が入る。スクランブル交差点の信号って、こんなに長かったかな。

わたしたちは友人だ。なにを期待しているんだ、呼び出されたくらいで。微笑みかけられたくらいで。その程度のことなら、今まで何度もあったじゃないか。彼は誰にでも優しいし、あの笑顔も万人に向けられているものだ。期待なんて、するもんか。

沈黙を守り続け、渋谷マークシティのエスカレーターを上る。わたしは井の頭線、彼は山手線なので、上り切ったらお別れだ。

改札前にいくつもある太い柱まで歩くと、今日会った時の彼のようにくるりと回れ右をして、「じゃ、また連絡して」と笑った。なんだ、やればできるじゃない。頭1つぶん高いところから、「うん、また連絡する」と声が降ってくる。

大丈夫。この調子で今日別れることができれば、今まで通りの自分に戻れるはず。暑さと久しぶりに会えた嬉しさでどうかしていたんだ。手を振ると、ふ、と彼は微笑む。それがいけないのよ、と思いながら同じように微笑み返し、改札口へ歩き出そうとした、その瞬間。

ぐ、と左肩を掴まれ、耳の奥に低い声が響く。

「一緒に行きたいから誘ったって、そろそろ気づいてよ。浴衣姿、超楽しみにしてるから」

顔を上げると、いつになく真剣な黒い瞳にわたしが映っている。掴まれた左肩の熱さに、小さく息をのんだ。

恋する乙女は往々にしてネガティブ

高校時代から友人のハイパーモテるイケメンに花火大会へ誘われるには、前世でどのくらい徳を積めばよかったのでしょうか。なんて、今さら後悔しても遅いことはわかっています。だからこうして夢を見るのです。

わたしだって、用があると言って呼び出され、歯切れ悪く質問をかわされ、最後の最後に打ち明けられたいですよ。「そろそろ気づいてよ」って、気づくわけないでしょ! 言葉にしないと想いは伝わらないって、義務教育で教えるべき! 恋する乙女は往々にしてネガティブなんだから!

取り乱しました。心を落ち着け、今年こそはミラクルが起こると信じて、自分磨きに励みます。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている20歳。揺れるものと香水が好きで、小さな幸せを見つけることが得意。イケメンを見ると具合が悪くなるという特性があ...

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