• HOME
  • 妄想
  • 気づかれたい気もするし、気づかれたくない気もする。彼の愛と、2種類のプリン。

気づかれたい気もするし、気づかれたくない気もする。彼の愛と、2種類のプリン。

2種類のプリン
妄想

低気圧で体調を崩したり、続く雨で憂鬱になったり、なんだかいろんなことがイヤになってしまいがちなこの時期。

理想像とは程遠い今の自分に嫌気がさすけれど、‘‘大人だから’’ちゃんとしなくちゃ。そう思って頑張ってきたのに、ほんの些細なことで崩れ去ってしまうこと、ありませんか?

そんな時、恋人の愛をひしひしと感じ取れる夜があれば、この世界はもう少し生きやすくなる気がするのです。

今回は、悩める彼女と愛にあふれた彼氏のおはなし。きっとあなたも、プリンが恋しくなってしまうはず。

2種類のプリンに込められた、彼の愛

ふわふわと着地する雨に打ちのめされる夜

「はあ……」

21時。終業間際に押し付けられた仕事がやっと終わり、最寄駅を出たとたんに降り出した雨。あたり一面に、ぬるい雨のにおいが立ち込める。

とはいっても身体の隅々まで濡らすほどの大降りではなく、まるで霧のような弱弱しさで、地面にうまく着地するようにふわふわと空から降ってきた。

それでも、今のわたしを打ちのめすのには十分だ。

最近、仕事では失敗ばかり。天気も良くないし、気圧が低いせいで常に体調不良。いい大人なのだから自分の機嫌くらいは自分でとりたいのに、ちょっとした返事や挨拶に小さな棘をばら撒いてしまう。

霧のような雨を吸収しているのか、両目の視界がゆるやかにぼやけていき、フラットシューズはじわじわと湿っていく。わたしってば本当になにをしてもダメ。

 

ピロン、という通知音に意識が引き戻される。同棲している彼から「ごはん食べてないよね?」とメッセージが届いていた。

いつものわたしなら「食べてない! なにか作ってくれたの?」のあとに絵文字をたっぷりつけるか、2週間ほど前に彼がプレゼントしてくれた変なウサギのスタンプを連打していただろう。

でもそんな気力はなく、「うん」とだけ返してポケットにしまう。

こんなんじゃダメ、もっと自分がダメになってしまう。大人らしく、自分の機嫌は自分でとらなきゃ。最寄り駅といっても家までは歩いて20分かかるし、それまでに元気だそう。彼を心配させるわけにはいかない。

そう決心して、駅前を煌々と照らすファミリーマートを横目に、足を速めた。

過剰な心配や同情はいらないのは、きっとお互い様

銀色のドアをギィ、と小さく開けると、濃厚な香りがブワリと溢れだす。あ、カレーだ。

「ただいま~!」

なるべく元気よく、元気よく。ちょっと口元が引き攣ったかもしれないけれど、想定内。近くのセブンイレブンで買ったビールを袋から取り、「1杯、どうですか?」と顔の前にだす。

彼は持っていた包丁をまな板のうえに置くと、「おかえり。ビールはごはんの時にね」と微笑んだ。仕事から帰ったばかりなのか、シャツの上からわたしの花柄のエプロンを着けていて、シャツのあまりの白さになぜだか目が眩む。

「傘持っていくの忘れた? 髪濡れてる……寒いでしょ。お風呂ためてあるから、先に入ってあったまりな」

わたしの顔をのぞきこみ、すこしのあいだ瞳を見つめながらそっと髪を撫でる。大きくて温かい手のひらが心地よくて、キッチンの電気を遮る大きなからだの輪郭が、奥二重の瞳が、スッと伸びた鼻筋が、またぼやけていった。

 

♪~♪~♪~

ドアの向こうで、彼が鼻歌を歌っている。最近、宇多田ヒカルにハマっているらしい。サビの1フレーズを狂ったように何度も歌うから、わたしまで覚えてしまった。

38℃のお湯に首まで浸かると、疲れとともにマイナスでネガティブな自分がお湯に溶けていく気がする。なんて彼に話せば、きっと「そのあと湯船に浸かる俺に移っちゃうかもな~」と言って笑うのだろう。

そういうところが好きだ。悲しいことや辛いことがあった時に過剰な心配や同情をせず、ただ受け止めてくれるところ。その姿勢に何度も救われてきた。

やわらかいプリンと、かたいプリン

お風呂をでた足で冷蔵庫の前へ向かい、ビールを取ろうと扉を開ける。すると真ん中の段には、2種類のプリンが2つずつ並んでいた。

彼がプリン好きだった記憶はない。不思議に思いながら、リビングでわたしを待っていた彼と「いただきます」の声を重ねたのち、「ねえ、あのプリンどうしたの?」と尋ねた。

「プリンよく食べてるから、冷蔵庫に入ってたらうれしいかな~と思って! さっき連絡したあと、いつものコンビニにダッシュした」

最後に「あんなに走ったの久しぶりだわ」と笑って、彼はスプーンのなかに小さなカレーライスを作り、ひとくち頬張る。

ぱちっ。点と点が、繋がる。そっか、そうだったんだ。駅前で返信した時点で気づかれていたんだ、元気がないことに。プリンだけじゃない。先にためてあったお風呂にも、やさしく撫でた手にも、きっと彼の想いが込められていたんだ。

 

「うれしい、ありがとう……。でもどうして2種類なの?」

超高速で口へ運んでいた手を止め、ぱちぱちっと瞬きをして彼は言う。

「この間、ネット見ながら言ってたじゃん。‘‘やわらかいプリンもおいしいけど、最近はかためも好きなんだよね’’って。俺、どっちがいいのかわからなくて、どっちも買っちゃった」

わたしは知っている。わたしが彼を見ているよりもずっと、彼はわたしを見ていることも、わたしよりわたしを知っていることも、知っている。

だから彼は執拗に詮索したり、過剰に心配したりしないのだ。「心配かけないようにしなくちゃ」と、わたしがさらに自分を追い詰めないように。それが途端に、とてつもなく嬉しいことのように思えて、からだの先端という先端がポカポカと温かくなっていった。

 

ようやくカレーを食べ始めたわたしを見て、キッチンの奥へ消えた彼。

「俺の前で無理して笑う必要ないよ。だって、返信ひとつで分かっちゃうんだから。そのたびに、2種類のプリンをいっしょに食べよ?」

冷蔵庫から2種類のプリンを持ってきて笑う彼の姿に、この人がいればなんだってできる気がする、と本気で思った。

こんな恋人はいないので、自分でプリンを買う。

観察力の高い男性、モテポイント高すぎません?

返信で「いつもと違う」と感じ取り、お風呂をため、彼女が最近好きだと言っていたプリンを買いにダッシュし、作り笑いを見抜き、「何があったの?」と無理に聞こうとはせず、愛おしそうに頭を撫でるなんて。

こんな恋人がいたら、100倍生きやすくなると思うのです。いや、1億倍かな。

しかし残念ながらこんな恋人はいないので、わたしは自分で「疲れてるな」と感じ取り、プリンを買って家路につき、お風呂に入り、無理せず早く寝るまでです。

めくばせ

57,024 views

東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧