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少女漫画に憧れて。傘をさせない梅雨の日に。

少女漫画
妄想

この世に生まれて20年と数ヵ月。生まれてこの方、‘‘雨宿り’’をしたことがない。

雨宿りのために入った屋根の下には先客がいて、それはずっと好きだった男の子で。「……ひ、久しぶり」「……お、おう」「……元気そう、だね」「……お前もな」なんて、沈黙が多い会話なんか交わしちゃって。

少女漫画やドラマではよく見るのに、現実世界ではまず起こり得ない。そう、わたしは‘‘雨宿り’’に憧れている。

雨粒が線を引く様子を、透明な傘の内側から見つめながら思う。もし‘‘雨宿り’’をする夢が叶うなら、こんなふうに。

傘を差せず、雨宿りの場所にもなれない僕と、笑う君

幸せとは、すべてがうまくいく日々の繰り返しを指すのではない

ざあざあと音を立て、目の前をものすごい勢いで落ちていく雨の粒。ついさっきまで晴れていたのに。突然の豪雨に、吹き出してしまいそうだ。

熱を込めて作りあげた課題を家に置き忘れ、いつも一緒にいる友人と些細なことで衝突し、終いにはこの雨。傘なんて、持ってきているはずがない。

(最近うまくいきすぎていたし、こういうことがないと‘‘人生’’って感じしないもんな。面白くなってきた)と思ったけれど、この雨のなかを歩いて帰るとなると、鞄に入っているパソコンが濡れてしまう。

iPhoneの天気予報アプリを開くと、どうやら局地的な豪雨らしい。19時前には止むだろう。

雨を身体中に浴びて急ぎ足で帰る人々をボンヤリと見つめながらポケットをまさぐり、絡まっているイヤフォンのコードをゆったりと解す。耳の奥に押し込み再生ボタンをタップすると、聴きなれたのびやかな歌声が、小さく鼓膜を揺らした。

 

『幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が繰り返すようなものじゃなく 大切な人に降りかかった雨に傘を差せることだ』

幸せ、とは。

そのことばを耳にして思い浮かべるのは、たとえば日曜日の昼下がりまでウトウトする時間や、やわらかい日差しのなかでワンピースを揺らし、駆け寄ってくるあの子だ。

あの子。この駅の近くにあるカフェでバイトしている僕が、一目惚れした子。毎回本気で悩み、最終的にいつも‘‘キャラメルラテ’’を頼むあの子。しあわせそうな笑顔がとてつもなくかわいい、女の子。

僕は、大切な人に降りかかる雨に傘を差せない

自分ひとりなら、悲しい出来事も笑って誤魔化せばいい。雨が降ったところで濡れるのは自分だけだ。風邪を引こうが、辛くて涙を流そうが、それを悟られないようにすれば周りに心配をかけることもない。
でも、自分の気持ちを無視して生きるうちに、悲しみの表現方法がわからなくなった。周りにどうしてもらったら嬉しいのか、思いつかなくなった。

そんなふうになってしまった僕が、大切な人に降りかかった雨に傘を差せるだろうか? 相手も俺と同じタイプだったら? 泣きそうなほど苦しくなるたびに、笑顔がうまくなっているのだとしたら?

大切な人に降りかかった、生きていくうえで避けられない「悲しみ」を、僕は気がつくこともできずに隣で欠伸を繰り返すのだろうか? 笑顔を見破る自信もなければ、そもそも‘‘傘を差す’’ということばの意味すらも、わかっていないのではないか?

 

そう思うと、雨で冷やされた空気がデニムやシャツの裾から入り込んでくるような気がした。徐々に勢いを増す雨と、対照的な白くて明るい空。太陽は雲に隠れているのになぜだかまぶしくて、汚れたスニーカーに目を落とす。

僕は、大切な人に降りかかる雨に、傘を差せないのかもしれない。

沈黙を守る彼女と、途方に暮れる僕

ふ、と視界の左端でだれかの足が止まる。顔を上げると、エスカレーターから降りたばかりの女の子が両手を胸の前にぎゅっと寄せ、雨が落ちる方向を見つめて立っていた。

黒のストレートヘア、短めの前髪、少し小さめの身長。学校終わりなのか大きな荷物を持っている。間違いない、あの女の子だ。いつも‘‘キャラメルラテ’’を頼む、彼女だ。

カフェで見かける彼女はいつでもニコニコしていた。でも今日は違う。雨に困っているというより、もっとなにか重大な出来事に思い詰めているようにも見える。冷たい空気が頬を撫でた。

 

耳を塞いでいたイヤフォンを外し「あの」と小さく声をかけても、雨の音があまりにも大きくて、彼女に声は届かない。そうこうするうちに彼女が雨の中へ駆け出そうとしたので、「あの!」と声を張った。

ビクッと小さな肩を揺らし、おずおずとこちらを振り返り僕を見ると、少し安心したように「ああ、こんにちは」と微笑んだ。

「こんなに雨降ってるのに……今帰るんですか」

雨? と言いたげな表情をしたのち、バケツをひっくり返したような雨が視界に入りハッとした彼女は、1歩、2歩と後退る。やはり、何かあったに違いない。こんな雨さえ気づかないのだから。あるいは、降りかかる雨を「無いもの」としたいのか……。

 

「少し雨宿りしていきませんか?」と口にする前に彼女は僕の隣に立つと、

「いつも濡れて帰ってるんですけど、たまには雨宿りもいいですね」

と言って、眉毛を下げながら苦しげに笑った。僕を見ているようで見ていない黒の瞳に、引きつり気味の口元。そこまで彼女を追い詰める理由を探してしまう。彼女の感情を、探してしまう。

 

自分が雨に濡れるのは、まったく大したことではない。けれど、それが大切な人なら話は別だ。

今まで感じたことのない、心臓の奥を素手でわしづかみにされる感覚。彼女がひどく傷ついているのかもしれないのに、僕といったら。強く握った右手のひらに爪がギリギリと食い込む。

彼女は僕の視線に気づくたび、ふふ、と言って小さく笑う。僕はこういう時、どうされたいんだっけ。頭をいくらひねっても、なにも出てきやしない。

駅の屋根がもう少し短ければ、こうして雨宿りはできなかっただろう。きっと彼女は降りかかる雨を無視し、身体を冷やしながらひとりきりで家路についたに違いない。

傘を差す方法がわからない。雨宿りができる場所にもなれない。沈黙を守る彼女を目の前にして、途方に暮れる。僕は、彼女を雨から守る術を、ひとつも持っていなかった。

自分を愛することこそが、大切な人を雨から守ることに繋がる

切ない。

好きな女の子が傷ついている(ように見える)時に、何もしてあげられない‘‘僕’’。悲しくても笑って誤魔化しているうちに、周りからどうされたら嬉しいのかわからなくなり、だからこそ雨に降られる彼女をどう守ればいいのかわからないなんて。

自分の思い、それがどれほどネガティブなものでも、自分でそれを認めて愛さないことには、「何をしてもらえたら嬉しいか」「何をしてほしくないか」はわからない。

誰かを愛したいと思うのなら、まずは自分を愛することから。自分を愛することこそが、大切な人を雨から守ることにも繋がるのだろう。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

プロフィール

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