【めくばせと、一杯。】あまいゆびきり

めくばせと、一杯。
ブログ

金曜夜、いかがお過ごしでしょうか。インフルエンザで博多ひとり旅が中止となった、めくばせです。

今週の【めくばせと、一杯。】では、ふたつの意味を持つ‘‘あまりゆびきり’’についてお届けします。

ぜひ、わたしと一杯楽しみましょう。

彼は、まるで歌を歌うように嘘を吐く。私は、その瞬間を目撃するたびに視界の淵が暗くなる。

その日、私たちは新宿の奥にひっそりと佇んでいるbarで待ち合わせた。

ワイングラスをゆらしながら「最近どう?」「そっちは?」なんて、どうでもいい話ばかりをテーブルの上に乗せ、吸殻を灰皿の中心に何度も押し付けた。

目の前の男は、ゆるりとカーブした黒髪でふたつの瞳を隠している。風が吹いたときにちらりと見える、光を通さない真っ黒な瞳。「はじめまして」と言った日から今まで、彼がなにを見ているのかわからない。

しかし彼は、嘘を吐く時だけ私の瞳をじっと見つめる。わずかな光ひとつないブラックホールに、まるで心の裏を舐められているようだった。

 

こんなつもりじゃなかったのに。

鳴らない携帯を握りしめることも、1本になった歯ブラシを見たあとに音を立ててドアを閉めることも、「自分が好きか」ではなく「良い匂いだと思ってもらえるか」で香水を選ぶようになってしまったことも、すべて想定外だった。

むしろ、出会った瞬間から長い前髪をうざったく感じていたし、流れるように嘘を吐く彼を軽蔑していた。あまく繋がれた小指に対し、「約束を守る気はあるのか、不快だ」と口にしたこともある。

 

しかし、いつからだろう。そのうつくしい瞳で見つめてほしいと願うようになったのは。

彼の瞳を捉えられるのなら、まっすぐ見てくれるなら。いや、私を視界に入れてくれるのなら、嘘なんてどうでもいい。

部屋に旅行用のクレンジングオイルがあっても、ぴしっとアイロンがかけられたシャツを見ても、見覚えのないマグカップが棚に並んでいても、気にならなかった。

今この瞬間に私だけを見てくれるなら、どうだってよかったのだ。

 

「約束ね」

帰り道、ファミリーマートの明かりを頼りに交わしたゆびきりは、とびっきりに甘かった。あまく繋がれた小指はするりと解け、ふたつの間に生まれた熱が2月の冷気に溶けていく。

と同時に、黒く染まった大きな背中が遠ざかる。

約束を破られてもいい。むしろ、破られる方がいい。

彼は今まで通り、こちらからは見えない眉を八の字に寄せて、申し訳なさそうに下を向くだろう。私の手を取り、消え入りそうな声で「ごめん」と呟くだろう。理由を聞けば、瞳を潤ませて見え透いた嘘を吐くだろう。

私なんて見ようとしていないくせに、繋ぎとめようとするだろう。

彼のその姿を見るために、これから何度でもゆびきりをする。甘くて、あまい、ゆびきりをする。

わたしが一人でフォーナインを飲んでいる間に、こんな夜を過ごす彼女がいるのだろうか。

だとしたら、今すぐ抱きしめて温かいベッドでねむりたい。

めくばせ

47,772 views

東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧