【めくばせと、一杯。】さよなら、有線。

めくばせと、一杯。
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糖質を制限している身体にお酒を流し込むと、程なくして視界がゆら、と揺れる。陽が傾き始めた窓の外を眺めたが、例の部屋はまだ暗い。

3週間ほど前、有線のイヤフォンに別れを告げた。

中学生のときにiPodを買ってからいくつかのイヤフォンを葬ってきたけれど、最後の別れは突然で。わたしの「あ、」という小さな声が空気中に分散した次の瞬間、もう使えなかった。

イヤフォンに限らず、別れはいつだって突然なのだ。20年も生きていれば嫌でも分かる。

分かっているはずなのに、日々に忙殺されて大切にできず、別れに身を切られてはじめて気づく。なにも分かっていなかったこと、忙しさを理由にして見て見ぬふりを続けてきたこと、「大切にする」の意味を知ろうとしてこなかったこと。

机の隅でじっと座り込んでいる、透き通るほどに白い純正のイヤフォン。

それは、音楽なしでは生きられないわたしの傍に寄り添い、いついかなる時も休まず音楽を届けてくれた。なのに、わたしは、わたしは。

「どうして完全ワイヤレスにしなかったの」

首に掛けられた黒いイヤフォンを見た友人たちは、そう口を揃える。

理由は単純だ。探さなくてもいいように、離れないで済むように、わたしの1番近くにいて欲しいと思った。だから、耳から外してケースに仕舞う完全ワイヤレスではなく、首に掛けておけるタイプを選んだのだ。

 

ワイヤレスはボタンひとつで接続・操作できて、iPhoneを近くに置く必要もない。一方、有線はなぜかバッグの中で絡まるし、正直言って邪魔になる。

でも、辛いときや悲しいとき、人間の汚い言葉に耳を塞ぎたくなったとき。中学生の頃から傍にいてくれたのは、世界からわたしを切り離してくれたのは、有線のイヤフォンだった。

だからこんなにも苦しくて、後ろ髪を引かれるのだろう。現に「イヤフォンがない」と探してしまう夜もあるし、見慣れた白の線がどこにもなくて、我に返る瞬間もある。

 

そんな思い出からは、もうさよならだ。卒業だ。

最大12時間も再生できるGLIDiCがあれば、煩わしさを感じることなく、きっとどこへでも行けるはず。

身軽になった今のわたしなら、数年前に父が寂しそうに呟いた「大切にする、という言葉の意味をほんとうに知っているか?」という一言に、自信をもって答えられる気がする。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

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