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【備忘録NO.5】離れて感じる親の“偉大”さと無償の“愛”

男鹿半島の梨畑
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初めましての方もそうじゃない方もこんにちは。
読んでくれて、ありがとうございます。

改めまして、winkのゆるみな。です。
クラフトビールと言葉遊びが好きな23歳のごく普通の女の子です。

今日は、自分の生まれた家庭環境についてお話ししたいと思います。

東京に来て5年。初対面の人に「実家は農家です。」ということに上京して来たばかりの頃は抵抗がありました。それは心のどこかで「農家の娘であることが恥ずかしい」と思っていたからです。「田舎娘だと思われたくない」という変なプライドがあったのかもしれません。だから当時は「自営業です」と濁したりもしていました。

それに、母親から頻繁に来る連絡は「うざい」と思っていたし、毎月送られて来る食料や生活品も「当たり前」のように受け取っていました。今考えると本当に親不孝な娘です。東京に出て来たのも、「一切干渉されたくないし、、自分一人でも生きていけるから早く実家を出たい」という理由でした。昔から「自立心」の強い子供だったようで口癖は「自分でっ自分でっ」(自分一人でできるから手を貸さないで)だったそうです。

小中学生の時は学年で成績一位・バスケ部のキャプテンで、先生や生徒から慕われていたので「完璧であることが当たり前」のように思っていたんです。そしていつの間にか「自分は誰を頼らなくても一人でできる」と勘違いしていました。絶対的に支えてくれていた親の存在に気づけないなんて…今振り返ると哀れで笑ってしまいますね。

そんな私が「一人では生きていない」と気づいたのは専門学校の2年目の夏。とあることがきっかけで、学校を丸1ヶ月休学することになりました。親には「学校に行きたくない」と泣きながら相談しました。絶対にダメと言われると思っていたのですが、母親は私が落ち着くまで「どうした。よしよし。まず落ち着いて。泣いてたらわかんないでしょう。」と言って優しい口調でなだめ、寄り添うように理由を聞いてくれました。

私は「人に弱さを見せるのが苦手でいい顔しいの見栄っ張り」なので、心のうちに溜まっていたモヤモヤをぶつける相手がいませんでした。相談されるのは得意だけど、するのは本当に苦手です。少しずつ溜まっていた不安やストレスが爆発したんだと思います。母親はそれを黙って「うんうん。」と聞いてくれました。

そして「普段弱音を吐かない有未菜がそこまで追い詰められてるならきっとよっぽどのことなんだよね。休みたいなら休んでいいよ。でも学校には自分の口から伝えるんだよ。」と言って1ヶ月の休学を認めてくれました。きっと一人暮らしだし、親に言わなくても勝手にがこうは休めたと思います。だけど親に言おうと思ったのは心のどこかで「親に話しを聞いて欲しい。わかって欲しい。」という気持ちがあったからなのかもしれません。

それ以来、私は何か新しいことを始める時に(ほとんどいいおいで始めちゃうので事後報告になってしまう時も多々ありますが)必ず親に報告するようにしています。親は私が頑固で意地っ張りで一度決めたことは反対されても曲げないとわかっているので黙って応援してくれています。

あれだけ「離れたい」「干渉されたくない」と思っていた親なのに今は「心配してくれてありがとう」「今度は私が支える番」と強く思うようになりました。でもこれはきっと“離れたからわかった”んです。

近すぎて嫌になったことは、一度離れてみるとその大切さがわかったりします。離れて思い出さなくなることはその程度のことだったのかもしれません。秋田のこと、農業のこと、飲食のこと。離れて気づいたこのかけげのない気持ちを忘れないように生きて行きたいです。

最後になりますが、私の実家の梨は宇宙一美味しいです。宇宙一美味しい梨を使った作るビール。皆さんに飲んでみて欲しいです。

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ゆるみな。

ゆるみな。

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22歳。フリーランスのビアクリエイター/ライター・編集/グラビアアイドル。言葉とビールと料理とバスケと猫が好きです。生まれ故郷の秋田のフルーツでビールを造っ...

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