終わらない毎日に花束を手向ける

終わらない毎日に花束を
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こんにちは、めくばせです。

週初めの月曜日おつかれさまです……と書こうとして気がつきました。世はお盆ですね。亡き先祖に花を手向ける、盆。今回は、終わらない毎日に花を手向ける話です。

 

先日、亡き祖父に花を手向けたら温かい気持ちになった。10年前、8月頭と末に2人の祖父を失くしてから、夏が訪れるたびにどこからか線香のにおいが漂ってくる。青すぎる空と目が痛くなるほどの緑、静かに蠢く陽炎。夏から連想するのは、死。

10年経ってやっと「人は、死んでも誰かの心の中で生き続ける」と感じられた。長いようで短かったな。おじいちゃんたち、わたしは今年で21歳になります。大切な人が死んでも世界は回り日々は続くという事実は、時にわたしたちを暗闇から救ってくれる気がする。

このブログが更新されるのは、月曜日の朝8時。未来の誰かに向けて書いているのだけれど、未来の誰かから見れば、その瞬間のわたしではなく過去のわたしが書いた文章を読むことになるわけか。それはもちろん当然。でも、なんだか不思議な気分だ。未来の誰かに届けようといくら力を尽くしても、1秒ごとに過去へと追いやられていく。あなたは、過去のわたしの言葉を受け取る。

対面で話していても、相手の耳に届き咀嚼されるまでには少なくとも2秒くらいはあるはずで、「その瞬間に、その瞬間の想いを伝える」ことは誰にもできないのだな。もしもそんなことができたならこんなにも言葉を尽くす必要はなくて、相手をもっと知りたい、わかりたいという気持ちが生まれることもなかっただろうか。そういえば昔埋めたタイムカプセル、どこにあるんだっけ。

「心変わりは世の常」と言う通り、人の心は日々刻刻と変わっていく。昔は誰かに対する「好き」という感情が変わってしまうかもしれないことが怖くて仕方なくて、自分の心なのに思い通りにできないことが悔しかった。でも、変わらないわけがないのだ。数えきれないほどの人間と接し、毎日9000回もの決断を繰り返し、見たことのない世界を目前に変わらずにいられるとは到底思えない。だからこそ「その瞬間に、その瞬間の想いを伝えられない」ことがもどかしいのだ。

とはいえ「変わらないものは存在しないから今を大事に」と毎日心のなかで繰り返せるほど出来た人間ではない。もしかしたら明日死んでしまうかもしれないけれどそれはそれだし、この世界が明日終わる可能性も丸めて頭の隅に追いやって、今日も今日とて重い身体をソファに沈めるのです。

意外と‘‘毎日’’は終わらない。残酷にも日々は続く。その事実は時にわたしを救ってくれるから、終わらない毎日に花を手向けて生きていくことにします。

それでは、素敵な盆を。

めくばせ

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東京でゆるゆると生きながら、ことばと生きている21歳。揺れるものとピアス、視線が好き。人生のテーマは‘‘愛’’。

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